「加油台灣隊!!加油台灣隊!!」
気づけば、私は韓国のスタジアムで叫んでいた。
目の前では台湾女子代表が韓国と戦っている。
周りには日本人、香港人、そして韓国人。
なのに――
台湾人のサポーターは一人もいない。
そして、その応援の中心にいるのが、
なぜか日本人の私だった。

どうしてこんなことになったのか。
話は2025年7月、韓国で行われたE-1選手権に遡る。
想定外の旅の始まり

E-1選手権。
この大会は、東アジアNo.1を決める4年に一度の大会だ。
日本代表はこの大会では海外組ではなく、Jリーグでプレーする国内組の選手が中心に招集される。
当時、私は大学4年生。大学生活最後の年。
この年、自分の中でひとつのスローガンを掲げていた。
「サッカーを死ぬほど観に行く。」
ちょうど就活が終わる7月にE-1選手権が開催される。
しかも国内組中心の大会。
「これはガンバ大阪の選手選ばれるやろ。」
そう確信した私は、代表メンバー発表を待たずに、さっさと飛行機とホテルを予約した。
(早く取った方が安いから)
あとはガンバの選手が選ばれるのを待つだけ。
そして迎えた、7月3日のメンバー発表。
バイト終わり、ワクワクしながらメンバー表を開いた。

……あれ?
もう一度見る。
……いない。
ガンバ大阪の選手が、誰もいない。
「まじか……。」
とはいえ、もう飛行機もホテルも予約済み。
キャンセルもできないし…。
私は少し落ち込みながら韓国へ向かった。
すべてはここから始まった日本戦
男子の試合が行われるのは龍仁ミルスタジアム。
一方、女子の試合は水原と華城で行われることになっていた。
7月9日、この日は女子の試合日。
正直、少し遠いなと思いながらも水原ワールドカップスタジアムへ向かった。
この日のカードは、日本 vs 台湾。
私にとって、少し複雑な一戦だった。

というのも、実は私は以前台湾に留学していた。
留学中、台湾の人たちには本当に優しくしてもらったし、
とても暮らしやすく、楽しい留学ライフを送った。
だからこそ、台湾という国には強い思い入れがあるのだ。
とはいえ、自分は日本人。
日本代表を応援するために韓国まで来ているわけで。

台湾にはいくらお世話になったとはいえどなぁ。
なんて思いつつ、普通に日本の応援席に行くか。
そう思いながらスタジアムに入った。
……が、ふと思った。
「台湾のサポーターっているんかな?」
少し気になり、台湾側の応援席へ行ってみることにした。
台湾のサポーターの人たちとも交流できたら面白いな、くらいの軽い気持ちだった。
そして応援席に着いて、目に入った光景。

――誰もいない。
本当に、誰もいなかった。
日本代表の応援団は30人ほど来ていて、太鼓も鳴っている。
一方で、台湾側の応援席には応援団どころか、台湾人らしき観客すら見当たらない。
試合開始が近づいてくる。
それでも、誰も来ない。
……どうしよう。
台湾を応援する人が、誰もいない。
日本はあんなに応援がいるのに。
……。
少し迷ったあと、私は決めた。
よし、俺が応援しよう。
そうと決まれば話は早い。
まずはメンバー表を確認して選手を把握する。
そして、声を出した。
「加油台灣隊!!」

もちろん台湾代表の応援のやり方なんて知らない。
だが幸い、私はガンバ大阪のサポーター。
大きな声を出すことには慣れている。
ガンバのチャント、日本代表のチャントをなんとなく中国語版にして叫ぶ。
完全に即席の応援だった。
もちろん心の中では葛藤もあった。
「いや、俺日本人やのに台湾応援していいんか?」
「しかも相手、日本代表やで?」
それでも、目の前では試合が行われている。
選手たちは必死に戦っている。
そこに国籍なんて関係ない。
自分が大好きな台湾を応援しよう。
そして、格上の日本に勝つ。
その思いで、私は一人、全力で応援を続けた。

試合は4-0で日本の勝利。
正直、完敗だった。
それでも、不思議と悔しさよりも「楽しかった」という気持ちの方が大きかった。
目の前で戦う台湾の選手たちは、最後まで必死にプレーしていたし、誰もいないゴール裏で一人応援していた時間は、なぜかとても充実していた。
試合中、私は太鼓も拡声器もない中で、ひたすら声を出し続けていた。

そして思った。
このチームで勝ちたい。自分の応援で、台湾に勝利を届けたい。
そんな思いを胸にスタジアムを後にした私は、帰り道ずっと次の試合のことを考えていた。
次は中国戦。もし応援するなら、もっと盛り上げたい。もっといい応援をしたい。
そう考えながら、次の試合で歌うチャントを一人で考えながら帰った。
そしてその日の夜、私は台湾留学時代の友人に連絡を取った。
「台湾代表のサポーターって来てたりする?」
すると、思わぬ返事が返ってきた。
台湾代表を応援しているサポーターの方を紹介してくれるというのだ。
そしてその人は、次の中国戦には来る予定らしい。
しかも——
「太鼓と拡声器も持っていくよ。」
ちなみに、この日の様子は香港メディアの文匯報でも取り上げられた。

ついに台湾サポーターと合流
そして迎えた中国戦の日。
私はスタジアムで、台湾代表のサポーターの方と合流することになった。

実はこの方、台湾留学時代に知り合った友人が紹介してくれた人だった。
サッカーが大好きで、日本のサッカーも大好きな方らしい。
スタジアムで待ち合わせをして、挨拶をすると開口一番こう言われた。
「日本戦、君が一人で応援してたでしょ?」
どうやら話はもう伝わっていたらしい。
さらに、この日はもう一人台湾のサポーターの方も来ていた。
その方は日本戦にも来ていたらしいのだが、普段はあまり声を出して応援するタイプではないらしい。
ただ、日本戦で私が一人で全力応援している姿を見て、
「一緒に応援したいと思った!」
と言ってくれた。

嬉しかった。自分の応援が他の人を動かしたのだ。
こうして、この日の台湾ゴール裏は——
台湾人2人、日本人1人。
合計3人の応援団で戦うことになった。
そして、ここで驚きの事態が。
台湾サポーターの方が持ってきたのは、太鼓と拡声器。
そしてその拡声器を、なぜか私に渡してきた。
「リードしてよ。」
……いやいや。
心の中ではそう思いつつも、日本戦でやっていた(ひとりだが)というのもあり、意外とスムーズに受け入れれた。
気づけば私は、台湾代表のゴール裏で拡声器を持って立っていた。
日本人なのに。
台湾代表のコールリーダーとして。
とはいえ、台湾代表のチャントをほとんど知らない。
とりあえず教えてもらいながら応援を始める。

やっぱり本家のチャントはかっこいい。
昨日、自分が適当に作っていた応援とはレベルが違う。
「これが本物か……」
そんなことを思いながらも、拡声器を持って必死に声を出した。
ふと相手ゴール裏を見る。
中国のサポーターは20〜30人ほど。
太鼓も拡声器もあり、完全な応援団ができている。
対するこちらは3人。
普通に考えれば勝負にならない。
——が、この日はさらに仲間が増えることになる。
夜に行われる日本代表の試合を観に来ていた日本サポーターの方々が、この試合を観戦していたのだ。
そして、私たちの応援を見てこう声をかけてくれた。
「一緒に応援していいですか?」
もちろん大歓迎!!というか嬉しすぎた。
この方々も日本戦で一人で応援している自分のことが気になっていたらしい。

こうして気づけば、台湾ゴール裏には日本人サポーターも加わり、初戦の日本戦で一人で応援していた時とは状況が全然違った。
試合は中国に先制を許し、さらに追加点。
0-2。
それでも、ここから台湾が意地を見せる。
1点を返す。
そしてさらにもう1点。
2-2の同点。
ゴール裏は大盛り上がりだった。
だがその後、中国が再び2点を追加。
試合は2-4で敗北した。

それでも、この試合にはひとつの歴史があった。
E-1選手権において、台湾女子代表が1試合で2得点を記録したのは史上初だったらしい。
偶然だったが、私はその歴史的瞬間に立ち会うことになった。
試合後、日本サポーターの方に言われた。

「え!!台湾人じゃなかったの?日本人なの!?」
そりゃそうだ。
日本と台湾の試合で、
日本人が一人で台湾を応援しているなんて、普通思わない。
最終韓国戦を迎える
そして迎えた最終戦、韓国戦。
この試合には最初から分かっていたことが一つあった。
前回の中国戦で一緒に応援した台湾サポーターの2人が、この試合の前に帰国する予定だったのだ。
仕事の都合でどうしても帰らなければならないらしい。
つまり、この試合には太鼓も拡声器もない。
そこで私は、中国戦で一緒に応援してくれた日本代表サポーターの方々に事前にこう声をかけていた。
「台湾のサポーターの方が帰らないといけないみたいで…
応援の圧が欲しいので、また一緒に応援してもらえませんか?」
するとその方々は快く了承してくれた。
こうして最終戦も、日本人サポーターと一緒に台湾を応援することが決まっていた。

そして迎えた試合当日。
日本と中国の試合結果により、台湾が韓国に勝てば、日本が優勝。
その状況を知った日本代表サポーターの方々が、
「じゃあ俺たちも台湾応援するわ!」
と次々に加わってくれたのだ。
こうして台湾ゴール裏には、日本人サポーターが集まることになった。
さらに応援を始めると、観客席にいた香港のサポーターの方も一緒に応援。
そして台湾が好きだという韓国の方まで加わってくれた。
気づけばこの試合の構図はこうなっていた。

韓国 vs 各国連合軍。
(ただし、台湾人はいない。)
我ながら、なかなか不思議な光景だった。
試合は終始、韓国ペースで進んでいく。
そしてこの日は、いつもとは状況が違った。
太鼓もない。拡声器もない。
それでも、こちらは全力だった。
相手は完全ホームの韓国。
それでも応援だけは負けないつもりで、ひたすら声を出し続けた。
この試合で一つ学んだことがある。
それは、相手が歌っていない瞬間を狙うこと。

韓国の応援が止まった瞬間に、こちらが声を出す。
そうすると、不思議と声がスタンドに響くのである。
太鼓もない。拡声器もない。
それでも、声だけで戦うことはできる。
そんなことを感じながら、必死に応援を続けた。

試合は0-2で終了。
そして同時に、日本代表の優勝も消えてしまった。
結果としては残念な形で大会は終わった。
ただ、試合後にとても嬉しい出来事があった。
台湾の選手たちが、応援席まで来てくれたのである。

その中で、台湾に帰化した松永選手が日本語でこう言った。
「ありがとうございました!」
その言葉を聞いたとき、
ああ、本当に一緒に戦っていたんだなと感じた。
こちらも思わず、「松永オレ!!」と返す。
そのあと、みんなで写真を撮り、これで今大会は終了。
試合後は、日本代表サポーターの方々と一緒にサムギョプサルを食べて解散した。

一人で始めた応援から生まれた夢

叫びまくり、応援しまくったこのE-1選手権。
真夏の開催で、とにかく暑かった。
体調も崩しかけた。それでも、この大会は間違いなく、今までの人生で一番楽しかった大会だった。
自分の大好きな台湾。
そして、あのとき。
もし最初の試合で、ひとりで声を出し始めていなかったら――
この楽しさは、きっと味わえていなかったと思う。
E-1に行く前の自分は、正直かなり複雑な気持ちだった。
ガンバ大阪の選手が選ばれていなかったからだ。
「ガンバの選手が見られへんのやったら、何のために行くんやろ。」
「それって価値あるんか?」
そんなふうに思っていたのも事実だ。
でも、実際に行ってみると、その疑問はすぐに消えた。
いや、それどころか、それ以上のものを得ることができた。
この大会を通して、ひとつの夢ができた。
それは、将来ワールドカップを現地で観るという夢だ。

たくさんのサポーターと出会い、知り合い、一緒に応援する。
その空間を、世界最高峰の大会で体感してみたい。
全身で感じてみたい。
そう思わせてくれたのが、この大会だった。
もうひとつの夢もできた。
それは、台湾で台湾代表の試合を観戦すること。

そしていつか、日本 vs 台湾が開催され、
台湾が勝利を収めるその瞬間を、この目で見てみたい。

あのとき、ひとりで声を出し始めたこと。
あれは間違いなく、この大会で一番大きな出来事だったと思う。
唯一の心残りがあるとすれば、台湾を勝たせてあげられなかったこと。
だから次は、台湾で。
台湾の応援団の中に入り、一人のメンバーとして。
「加油台灣隊!!」
そう全力で叫びたい。
